公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2004年度[第13期]
2004年7月10日/白峰 望岳苑

世界をひろげる

〜桃源郷について〜
辻原登・湯川 豊
辻原 登/1945年、和歌山県に生まれる。小説家。東海大学文学部教授。90年『村の名前』で芥川賞。2000年『遊動亭円木』で谷崎賞。ほか作品多数。

湯川 豊/1938年、新潟県に生まれる。東海大学文学部教授。64年文藝春秋に入社し、「文学界」編集長、常務取締役を経て2003年退社。読売新聞書評担当。
 日本文学には「桃源郷」に影響された作品が少なくない。例えば浦島太郎、俳諧の蕪村、小説…。下敷きは中国の詩人陶淵明の「桃花源記」だが、実はこれは彼が作り出したものではなく、中国に古くから伝わる話を彼が編集し極めて美しく仕上げたものだ。実際、中国には災禍を逃れるために隔絶した場所に共同体を作り、外部と一切の連絡を絶って暮らした人民の記録がある。そういうものが文学に昇華され、ひとつのファンタジーとなっていったのだろう。また中国ばかりではなく、東アジアのモンスーン地帯にも桃源郷説話がいたるところにある。その中で語られている桃源郷のイメージはまさに「東アジアの農村の理想的な姿」だ。おそらくモンスーン地帯には共通の「感受性」があるのではないか。同じ「照葉樹林帯文化」を共有していることにも深い関係があるのだろう。桃源郷の面白さの一つは「過去」に理想郷があることだ。これは宗教が理想郷を「未来」において進む動きと全く違う。戻ろうにも戻れない、だから激しく理想郷を求めることがない。いわば一種のノスタルジー。この感覚が私たちが属する照葉樹林帯文化圏にはあって、人間や自然との関係を調整しているように思えてならない。