公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2006年度[第15期]
2006年8月19日/白峰 望岳苑

『ユダの福音書』の
発見は私達に何を
もたらすのだろうか

辻原登
辻原登/1945年、和歌山県に生まれる。小説家。90年『村の名前』で芥川賞。2000年『遊動亭円木』で谷崎賞。ほか作品多数。
 今年4月、読売新聞に「ユダ裏切っていない?」という記事が掲載された。イエスの教えを正しく理解していたのはユダ一人であり、裏切ったのはイエスの命令によるものだった、という内容を持つ1700年前の古文書、「ユダの福音書」が発見されたというのだ。
  キリスト教のシンボルであるイエス・キリストの物語は、4つの福音書を通じて、世界に強い影響を与え続けている。もし、この新しい福音書の発見によってユダの裏切りに別の見方が与えられるとしたら、キリスト教を揺るがすほどの衝撃に違いない。
  実は、ユダを単に裏切り者ではなく、イエスを補完する存在として捉える視点は以前からあった。イエスはユダに裏切られて初めて真の自己を明かし、死と復活の物語を成立させた、という理由からだ。例えば、アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説『ユダについての三つの解釈』はそのへんのところを述べて興味深い。
  イエスの死後、30近くの福音書が生まれたという。だが、ローマカソリック教会が覇権を握るに従い、4つの福音書以外は異端書として抹殺されたと言われている。今回の発見は、キリスト教の歴史に一石を投じただけでなく、異端と呼ばれる新たな書の出現を予感させるものでもあった。今後の展開は不透明だが、これらのことによってイエスをめぐる産業は益々隆盛を極めていくのは確かだろう。