公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

平成19年度[第16期]
平成19年8月19日/白峰 望岳苑
短篇小説

『レシタションのはじまり』
のなりたち−朗読と分析

池澤夏樹
池澤 夏樹/(財)白山麓僻村塾理事長。小説家、詩人。『スティル・ライフ』芥川賞、『母なる自然のおっぱい』読売文学賞、『マシアス・ギリの失脚』谷崎潤一郎賞、『すばらしい新世界』芸術選奨。芥川賞選考委員。
 最近、朗読が面白い。文学を遡ってみれば、最初は、炉辺でおばあさんが子どもたちを集めて昔話を聞かせる。そんなようなものだった。それが文字が発明されて変わった。いまの書物で読むという形になった。
  書物で残せば、数が作れる。10人しか聞けなかった話を500人にも1000人にも行き渡らせることができる。しかも、長く残せる。そうやって書物が文学の常識になっていった。しかし、朗読にも利点がある。
  朗読はパフォーマンスだ。読み手と聞き手が一体となって何かを作っていく。聞き手はただ聞いているだけではない。時には表情で、声で感想を表現する。読み手も語りを変えながらそれに応じていく。
  また、炉辺で語るおばあさんは、その場で話を作ることができた。固定したテキストがないのだから、その人なりのやり方で話の筋を変えてもよかった。そうやって創作部分が重り、洗練されて、それがどんどん膨らんで、いわば話が育っていった。その最終形が、ホメロスのような完成された口承文芸といわれるものだ。
  今日読む短編は、9.11テロの後に書いたものだ。書いているときには意識しなかったが、いま思えば、9.11後の世界に生きるわれわれをどこかで気にしていた。世界に蔓延する「暴力」から人間がいかに解放されるか、という望みの話だ。お聞きください。