公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

平成20年度[第17期]
平成20年6月14日/白峰 望岳苑

ある湖の死

〜取材ノートから〜
塩野米松
塩野米松/作家。昭和22年、秋田県角館生まれ。作家として活躍する一方、失われゆく伝統文化・技術についての聞き書きを精力的に行う。
 「ふたつの川」という新聞小説を書いた。秋田県田沢湖を舞台にした物語だ。秋田というと米どころ、という連想が働く。だが戦前はそうではなかった。実際には米には困っていた。その原因の一つが玉川の毒水だった。火山活動による強塩酸の毒水が玉川に流れ込み、田畑を荒らしていたのだ。 大陸で戦線が拡大するころ、日本は戦争に経済力を集中する必要が生まれた。やがて米の増産とエネルギーの確保が叫ばれた。そこで持ち上がったのが、国策による田沢湖のダム湖化と、玉川の毒水を湖に引き込み、希釈し、中和させるという試みだった。
  当時、田沢湖は美しい水を湛えた生命のゆりかごだった。世界中で、ここにしか生息しないクニマスがいて、それらを採って生活をする漁師がいた。だが、玉川の水が引き込まれ、一年ですべての魚が姿を消した。そして漁師は廃業に追い込まれた。
  毒水の中和は成功した。秋田県は米の大産地に変わった。だが、その後の歴史はどうだろう。国は今、三分の一の水田に減反を強いている。そして田沢湖は死んだままだ。
  この問題は我々に自然との付き合い、人としての生き方の問題をつきつけてくる。忘れてはならないことは、人が自然に対して何かを行う行為には、必ず代償が求められるということだ。田沢湖の例は決して遠い話ではない。