公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2012年度[第21期]
2012年5月13日/白峰 望岳苑

東北を見る二つの窓

〜吉里吉里国と海坂藩〜」
湯川豊
湯川豊/白山麓僻村塾副理事長。文芸評論家、エッセイスト。1938年生まれ。元文藝春秋常務取締役。2010年『須賀敦子を読む』で読売文学賞。ほか『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮の谷』『本のなかの旅』など。
 山形生まれの二人の小説家、井上ひさしと藤沢周平の作品を手がかりにして「東北」を考えたい。井上ひさしの長編『吉里吉里人』は東北の一角にある小さな村が日本から独立し、吉里吉里国となるところから話が始まる。国の基盤を医療にもとめ、その裏付けとして大量の金を保有し、農業自給率は100%。これが吉里吉里国の姿だ。ではなぜ、村は独立しなければならなかったか。一言でいえば、日本に対する怒りからだ。国益のために米を増産しろ、国益のために減反だ、国益のために機械化しろ…。そうやって、日本は東北の農業をめちゃくちゃにしてきたではないか。作者のそんな憤激がこの物語の根幹にある。
 一方、藤沢周平は架空の東北の小藩、『海坂藩』を舞台にした時代小説のなかで、主人公たちの日常を輝かせるものとして、海坂の風土、農村を鮮やかに描く。そこには藤沢の東北への愛着と大地に根ざして生きる人々へのゆるぎない信頼感がある。つまり、二人の作家は「農村には本当に豊かな世界がある」ことを基盤にして東北を描いている。東北の本質は、農村にこそあると思う。このことを考えることがこれからの東北を考える上で大切なことではないだろうか。