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渡りをへたる夢のうきはし・辻原登
渡りをへたる夢のうきはし・辻原登
平成25年9月7日 午後3:00~・白峰 望岳苑
渡りをへたる夢のうきはし・辻原登
辻原登/白山麓僻村塾理事。小説家。神奈川近代文学館館長。1945年生まれ。『村の名前』芥川賞。『翔べ麒麟』読売文学賞。『遊動亭円木』谷崎潤一郎賞。『枯葉の中の青い炎』川端康成文学賞。『花はさくら木』大佛次郎賞。ほか著書多数。

 紀伊半島の切目(きりめ)という村に生まれた。ここは熊野の入り口だ。  熊野は荒ぶる神々の魂を鎮めるために詣でる場所だ。争いが起きたり、病気になったりするのは神々が悪さをするから。後白河法皇が三十四回も熊野に詣でたのはそのためだ。
 南の岬が切目崎で、ここには悲劇の皇子として知られる有間皇子(ありまのみこ)の歌碑が立つ。
 
 岩代(いしろ)の 浜松が枝を 引き結び ま幸(さき)くあらば また帰り見む
 家なれば 笥(け)に盛る飯(いひ)を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る

 孝徳天皇の長子である有間皇子は英明な青年であったが、中大兄皇子の仕組んだ罠にはめられ、殺される運命となる。その過程で二度訪れた、白良浜(シララハマ)。この白い砂浜で彼は何を思ったのか。  もともと白良浜は砂が白いからシララハマというのではない。シラ、シララとは実は、聖なるものを指すことばだ。アイヌの神シラル・カムイ、ジャワ語の光線、サモア語の稲妻、エスキモー・シャーマニズムの世界では、天候、地上のあらゆる生命を支える大いなる精霊を指す。
 いま、白山をハクサンと呼ぶが、以前はシラヤマであった。
 日本書記のなかに、イザナギが黄泉の国にイザナミを訪ね、その腐乱した死体に恐怖して逃げ帰る場面がある。この世との境に逃げ帰った直後に「菊理媛神亦た白(まう)す事有り」とある。民俗学者の折口信夫によれば、菊理はククリの意味。つまり水の中をくぐらせる。それはミソギするということ。死者のケガレを白(シラ)す事、すなわち死のケガレを払うということになる。白山の主神はこの菊理媛である。
 白山の白(シロ)に対し、熊野は黒(クロ)の宗教と言える。この山岳信仰の双璧を南北に直線で結ぶとその中心になるのがヤマトである。さらに、ヤマトから東西に線を引けば、伊勢と出雲がある。東西南北、それぞれの先端に神々が宿っている。
 もちろん、これは想像に過ぎない。だが、人間を古代から突き動かしてきたのはこういう想像の世界だろう。白良浜は熊野にとって、天から聖なるものが降りてきた場所として信じられていた。そうすると、有間皇子がそこへ行った理由は…ぜひ想像してみてほしい。
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