公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2013年度[第22期]
2014年2月23日/白峰 望岳苑

丸谷さんが遺したもの3

辻原登・湯川豊
辻原登/白山麓僻村塾理事。小説家。神奈川近代文学館館長。1945年生まれ。『村の名前』芥川賞。『翔べ麒麟』読売文学賞。『遊動亭円木』谷崎潤一郎賞。『枯葉の中の青い炎』川端康成文学賞。『花はさくら木』大佛次郎賞。ほか著書多数。

湯川豊/白山麓僻村塾副理事長。文芸評論家、エッセイスト。1938年生まれ。元文藝春秋常務取締役。2010年『須賀敦子を読む』で読売文学賞。ほか『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮の谷』『本のなかの旅』など。
今日は丸谷才一さんの互いに気になっている作品を1つずつ挙げたい。 辻原登選『たった一人の反乱』(1972年)
(辻原)ベストセラーになった長編小説で、丸谷さんの1つの区切りになる作品。主人公・馬淵英介は予想を覆していやな男。この人物を中心に、相手側の女性・ユカリの背後から、さまざまな社会、人物が登場してドラマが展開していく。最初に読んだときは自分が若かったせいか面白いとは思わなかった。主人公に魅力がないというか。だが、何十年かぶりに読み直したら、英介がかなりいい。
(湯川)でもなぜ、あんな魅力のない人を主人公にしたのか。脇役は面白いけれど。
(辻原)1つには、主人公にほとんど魅力のない人物を置くことで、その周りの人間の関係をどういうふうに描けるか、実験的な試みではなかったか。
(湯川)丸谷さんの頭の中にあったのは、英介を通じて、社会というものの広がりを描くこと。社会と個人の関係をいつも念頭に置きながら、ストーリーを運んでいったのは確かで、それはすごく新しいことでもあった。この作品は、その後の作家たちを、ある意味、促す役割を果たした。
(辻原)『たった一人の反乱』がなかったら、その後の日本文学は違っていたかもしれない。
(湯川)うんと回り道をしただろうね。 湯川豊選『持ち重りする薔薇の花』(2011年)
(湯川)元経団連会長で財界の重鎮が、弦楽四重奏団の成立から彼らとのつきあいを語るというストーリー。どこが面白いかというと、四重奏団のなかに社会の原型を見せているからだ。それぞれ音楽家として一流の四人の個人としての意識。四人が集まって一つの曲を演奏するという社会性。それらが対照的に描かれ、人間は一人では生きていけない、何かの同士がいて、その中で生きていくしかないという切実さがよく出ている。また、階層社会を作り上げた当人が、一番小さい集団を語って、その人間関係をつぶさに見ているというところも面白い。完成度の高さでは丸谷文学の一つの頂点かと思う。
(辻原)いい小説を読んだという気持ちにさせてくれる作品。音楽と対極にあるように見える小説というジャンルが、いかに音楽と近い芸術であるか実証してみせた。