公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2003年度[第12期]
2003年7月12日/白峰 望岳苑

物語の力

湯川豊
湯川 豊/1938年、新潟県に生まれる。(財)白山麓僻村塾評議員長。東海大学文学部教授。64年文藝春秋に入社し、「文学界」編集長、常務取締役を経て2003年退社。その間、敏腕編集者として数々の作家を育て上げた。優れたエッセイストとしても知られ、著書に『イワナの夏』がある。現在、読売新聞書評を担当中。
 芥川賞・直木賞が制定され70年近くが経つ。前者は純文学、後者はエンターテイメントにおよそ区分されるが、部数は直木賞が圧倒的に上回る。近年、純文学は小説の中から「物語性」を排除し、小説を人間を考える道具だとか、前衛的な実験を試みることが最先端だという考え方だった。だがそれが読者離れを招いた。いまその反省がある。小説は読んで面白くなくてはならない。それには「物語性」が必要だ。物語は世界最古のメディアであり、世界を意味づけ、世界と自分を関係づける最も原初的で、魅力的な働きを持っている。古事記の伝説から現代心理療法まで「物語」は大きな役割を果たしてきた。本当に面白い小説は深い物語性を持つ。そういう小説が次々に生まれていけば、小説がもう一度、人間の魂に必要なものとして、読者を呼び戻すだろう。