公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2004年度[第13期]
2004年4月24日/ 福井県勝山市・福井新聞コミュニティホール

土地と人の仲

池澤夏樹
池澤 夏樹/(財)白山麓僻村塾理事長。小説家、詩人。『スティル・ライフ』芥川賞、『母なる自然のおっぱい』読売文学賞、『マシアス・ギリの失脚』谷崎潤一郎賞、『すばらしい新世界』芸術選奨。芥川賞選考委員。
 人は定住するものであると同時に、移動するものだ。この二面を持って人の世界は続いてきた。定住には農業による暮らしが根本にある。生きる拠り所となる畑は運べない。だから人は動かずにそこに留まった。それが世代を重ね、土地への愛着が生まれ、伝統や文化が育まれて現在の人間の基本形が作られた。一方、定住せずに移動するものもいた。その多くは、「追い出されて」仕方なく出ていくものであった。いわば難民だ。アフリカで生まれた人類が世界中に広まったのはこの難民化が決して珍しいことではなかったからだ。数が増えて、人口密度が高まれば、食料が不足する。互いのプレッシャーが強まり、弱い方が押し出される。そういうことを繰り返しながら人の生活圏は広がっていった。その副産物として文化が混じっていった。現在の多様で複雑な文化が出現したのはこういう理由がある。では現代において、最も大きな移動は何か。それは田舎から都市への移動だ。これは世界中で起こっている。だが安定した農村が崩壊すれば、都市は廃れる。そして国全体がやがて地盤沈下する。これからの100年、人間の生き方を根本的に変えつつあるこの移動が深刻なテーマになってくるだろう。