公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2010年度[第19期]
2010年9月5日/白峰 望岳苑

音楽よもやま話

池辺晋一郎・池澤夏樹
池辺晋一郎/作曲家。石川県立音楽堂洋楽監督。1943年生まれ。7つの交響曲を含む50以上のオーケストラ曲、合唱曲や映画音楽など幅広いジャンルに膨大な作品を残す。
(池澤)小説を書くとき、まず人がいて、主人公がいて、エピソードや場面があって、それを組み合わせながら作る。素材は自分の周辺にある具体物であって、抽象思考では始まらない。音楽の場合はどうだろう?

(池辺)作曲は音が素材だ。作曲者にとって音は抽象的ではあるが、非常に具体的な素材でもある。音を相手にして目に見えない取っ組み合いをするのが作曲だ。最近、作曲は犬の散歩に似ていると思うようになった。リードを引いて散歩していると犬は飼い主の意思に反して進むことがある。飼い主は仕方なく犬に従っていくこともあるし、逆に犬をぐいと引き戻すこともある。つまり、作曲というのは、言うことを聞かない音と会話を交わし、喧嘩し、あるときは懐柔しながら、音と付き合っていく。それが音楽の面白さだと思う。

(池澤)似たところがあるとすれば、小説ではあるとき、登場人物が自分で歩き出す。そうするとその小説はうまくいっている。

(池辺)頭の中にある想念は何になるかわからない。人によってはそれを小説にするかもしれない。詩にするかもしれない。いろいろ考えて、その想念がやはり音楽のためだった、というふうになりたいと思う。