■2013年度[第22期]
2013年6月23日 午後3:00~・白峰 望岳苑
アートの旅14
真野響子
真野響子/女優。神戸市立森林植物園名誉園長。1952年生まれ。劇団民藝に入団。ロルカ作『血の婚礼』で初舞台。以後、映画、ドラマ、舞台、CMなどで活躍。『日曜美術館』『NHK俳壇』に登場するなど、文化ジャンルでの仕事も多い。
作家の高橋治さんが白峰に山荘を持って、ここでずいぶんと小説を書いた。その山荘に先生(高橋)のご友人がたくさん来て、その方々がまた面白くて、人が集まるようになった。それがやがて塾の形になった。私は最初は生徒だったのに、ある日突然、教授に任命された。そのくらい僻村塾というのはユニークなところ(笑)。だが、教授にしてもいいだろうと先生が思ってくれたのは嬉しい。
去年、還暦を迎えた。今日はきものを着ているが、最近、あと何回、夏の着物を着られるかと思うことがある。そんな歳になった。
婦人画報に「きもの遺産」という連載を持っている。各産地を訪ね、きものの魅力を写真とエッセイで伝えるコーナーだ。今年の二月号で加賀友禅を採り上げた。そのとき印象的な友禅作家に出会った。
人間国宝の二塚長生さんは加賀友禅の伝統的技法を駆使して、自然を抽象的に、現代アートのように表現する。その緻密な製作工程は気の遠くなる世界だ。
二塚さんが用意してくれたきものは、河北潟の幻想的な風景を題材にしたものだった。だから、私は鳥の精になったつもりで、このきものを着て河北潟で撮影をしたいと思った。撮影当日は吹雪だったが、一瞬の晴れ間に、まるで鳥が風に向かって飛ぶような写真が撮れた。
柿本市郎さんは加賀友禅の巨匠だった木村雨山さんに友禅作家としての大切な心構えを教えてもらったという。麦を描けと言われ描いたら、「花屋の麦」と言われ、小豆島まで麦を見に行った。帰ったら、一面の麦畑の印象を一本の麦にこめることこそが加賀友禅なんだと教えられたという。そんなエピソードに心が躍った。
柿本さんのきものは、金沢の大野湊神社の能舞台で撮影させてもらった。場の力もあって、このときの顔はいつもとは違う特別な表情をしていたと思う。西表島のマングローブの海でも同じようなことがあった。衣装をまとい、浅瀬に入って撮影したとき、目を閉じれば「ありがとうございます」という言葉しか出てこなかった。そして、涙がこみ上げてきた。不思議な体験だった。
心をこめて作られたものには力がある。ぜひ、きものに興味を持ってほしい。