公益財団法人 白山麓僻村塾

活動の記録

2013年度[第22期]
2013年11月4日 午後1時半~・白峰 白山ろく民俗資料館

~日本の食文化を支えたもの〜
塩野米松
塩野米松/作家。1947年生まれ。聞き書きの名手で、失われゆく伝統文化・技術の記録に精力的に取り組む。2003年『なつのいけ』日本絵本賞大賞。『聞き書き にっぽんの漁師』『手業に学べ』『木の教え』 ほか書多数。
もやし屋という仕事がある。食べるもやしのことではない。
 以前、僻村塾で農口尚彦杜氏と日本酒について対談したので覚えているかもしれない。よく酒造りを紹介する時に、上半身裸になった杜氏が手に持った缶から粉を振りかけているシーンが映し出される。あの缶の中身を作る人が、実は、もやし屋という職業だ。粉は麹菌の胞子、種麹(たねこうじ)と呼ばれるもの。植物の新芽が出る様子を「萌える」というが、麹菌が繁殖した米の粒には白い毛のようなものが密生している。麹菌が「萌やしている」のだ。だから種麹のことを「もやし」と呼んだのである。
 日本酒を造るためにはどうしてもこの麹菌がいる。その胞子の大きさは約1000分の5ミリ。これが浸み込んで米一粒一粒を麹にしていく。  酒造りのコツは、いい麹を作ることである。他の菌が混じっては酒は腐る。だから、酒用の純粋な麹菌を培養し、それだけが繁殖するように、現代の酒造りの工程は管理されている。実は、この原理はすでに先人たちが経験的に行ってきたことである。現在のように、科学の力で麹菌を純粋培養する技術は、100年前までなかった。ゆえに、いい麹を見つけて、品質を出来るだけ維持する工夫をして、それを守った。その麹を「友麹(ともこうじ)」とか「友種(ともだね)」といった。
 冷蔵庫も冷凍庫もない時代に何百年にも渡って友麹を守ってこれたのは、木灰を利用したからである。多くの微生物は灰のアルカリを嫌うのに対し、麹菌は抵抗性がある。しかも、灰中のカリウムやリンなどの成分は栄養分となって増殖を助ける。先人たちは、理屈はわからなくても、経験的にそれを身に着けてきたのだろう。その智恵には脱帽するほかない。
 受け継がれ、今に生きている伝統の背景には、こういった文化が存在している。合理性と効率を追い求める余り、切り捨ててきた智恵の中に大事なことが含まれていることもある。
 菌類の利用によって、農業や医療の分野では今後さまざまな課題が解決されることも予想されている。麹菌に代表される菌の働きに注目していきたい。